平成19年30月27日判決言渡
平成15年(ワ)第524号 損害賠償請求事件
長崎崎地方裁判所民事部(裁判長田川直之,裁判官伊東譲二,裁判官船戸宏之)
判 決 要 旨
原告 連双印ら(計10名)
被告 三菱マテリアル株式会社,三菱重工業株式会社,国,長崎県
(以下,[原告ら]とは各原告の総称であり,r原告等jとは,強制連行及
び強制労働をされたと主張されている者の総称である.被告企業については,
順に「被告マテリアル」,「被告重工業」ともいう。)
主 文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
【事案の概要】
1 本件は,第二次世界大戦中に,被告らによって,原告等(原告のうち6名とその余の原告らの被相続人)が,中国から日本に強制連行され,三菱鉱業株式会社の高島礦業所新坑,高島礦業所端島坑及び崎戸礦業所において強制労働させられた等として.原告らが,被告らに対し,債務不履行,不法有為あるいは強制労働ニ関スル条約(ILO29号条約)に基づき,損害賠償(各2000万円及びこ れに対する昭和20年8月15日から支払済みまで年5分の割合による金員の支 払)及び公開の声明文書による謝罪を求めた事案である.
なお,被告マテリアルは,三菱鉱業が他と合併・社名変更した会社であり.被告重工業は,第二次世界大歌当時の三菱重工集株式会社が,会社経理応急措置法, 企業再建整理法の手続を経て,昭和25年1月11日解散し,同日設立され,その後商号変更・合併を経た会社である。
2 本件の主な争点は次のとおりである。
(1) 債務不履行に基づく損害賠償・謝罪請求権の成否
(2) 不法行為に基づく損害賠償・謝罪請求権の成否
(3) 強制労働ニ関スル条約約に基づく損害賠償・謝罪請求権の成否
(4) 被告重工業につき,債務承継の有無
(5) 日華平和条約等による請求権放棄の有無
【当裁判所の判断】
当裁判所は,本件について,被告らによる原告等に対する強制連行・強制労働の事実を認定した。しかし,不法行為に基づく原告らの損害賠償等請求は,民法724条後段により,これを認めることができず,債務不履行に基づく原告らの損害賠償等請求については,被告マテリアルにつき安全配慮義務違反を認めるが,民法167条により,請求を認めることができず・強制労働二関スル条約に基づく原告らの損害賠償等請求は,立法なくしてこれを認めることができないと判断した。
1 事実関係
(1) 戦時中の国内労働力の枯渇が深刻化する中,国家総動員法の制定・施行,国民徴用令の施行,朝鮮人労働者の内地移入実施を経て,日本政府は,昭和17年(1942年)11月,労働力不足を補うために中国人労働者の内地移入を進める政策を閣議決定し,昭和18年(1943年)に試験移入が実施された。
昭和19年(1944年),中国人労働者の内地移入を促進させる次官会議決定がされ,移入手続が定められた上,昭和19年度の国民動員実施計画が閣議決定され,中国人労働者の本格的移入が策定され,3万人の供給が計上された。
(2)このような国の政策ないし各施策に基づき,中国人労働者の国内への移入が本格的に実施された。外務省報告書(華人労務者就労事情調査報告書)等には,昭和19年(1944年)3月から昭和20年(1945年)5月までに中国人労働者3万7524名が移入され・国内の各事業場で就労せしめられたこと,移入から送還されるまでの間に6830名が死亡したことなどが記されている。
長崎県西彼杵郡に所在した炭鉱である三菱鉱業高島礦業所(高島新坑,端島抗)及ぴ崎戸礦業所でも,国の政策に沿って中国人労働者の移入雇用が実施された,外務省報告書及び事業場報告書(華人労務者就労顛末報告書)によれば,合計845名の中国人労働者が,昭和19年(1944年)6,7月ころに各事業場に到着し,労働に従事した後,死亡者等を除いて昭和20年(1945年)秋ころ帰還に至っている。この移入実施については,三菱重工業と華北労工協会との間に移入雇用契約が締結され,三菱長崎造船所が中国人労働者を移入雇用する手筈であったが,最終的には,三菱鉱業の各事業場がこれを受け入れたものであった。また,長崎県派遣の警察官が,移入に際し日本上陸後の各事業場への移送に付き添ったほか,各事業場において中国人労働者の管理に関与した。
(3)原告等は,華北に居住等していたところ,それぞれ拉致等され,中国の塘沽収容所まで移送,拘禁されるなどした後,昭和19年(1944年)
6,7月ころ,高島礦業所(高島新坑,端島坑)及び崎戸礦集所へ送られた上,それぞれ,1年を超える期間,寮に収容され,各事業場で労働に従事させられた。
原告等は,その意に反しで身柄を拘束され,繩や鉄鎖により束縛されたり,逃亡困難な場所に監禁されたり,厳しい監視の下に置かれるなどしで身柄を拘束されたまま日本に連れてこられ,各事業場において,敵しい労働条件,過酷な処遇状況で労働に従事することを余儀なくされた,原告等は,自由に島外脱出・帰国できない状況にあり,原告等に対しては,逃亡防止を前提とした管理及び暴力をも用いた監督がされ,その行動は終戦のころまで厳しく制約された。
原告等のうち7名は,終戦後の昭和20年(1946年)秋ころに帰国に至ったが,1名は,終戦後の同年10月,帰国前に死亡し,2名は,終戦前の同年8月9日,長崎刑務所浦上支所において,原子爆弾により被爆死した。
2 不法行為に基づく損害賠償・謝罪請求権の成否
(1) 不法行為の成否
原告等は,その意に反して,暴力をも用いて自由を抑庄され,その中国華北の居住地等から日本の三菱鉱業高島礦業所(新坑,端島坑)及ぴ崎戸礦業所に強制的に連行され,同事業場において強制的に労働に従事させられた。国は,閣議決定等により中国人労働者を移入する政策を決定し,その実現・具現として,原告等を強制的に日本へ連行し,強制的に労働に従事させた,長崎県は国の施策に定められた職責を果たすなどしてその実現に関与した。三菱重工業は,移人雇用契約を締結し,また,原告等の身柄の移送に直接携わって強制連行を実行し強制労働を実現した。三菱鉱業は,強制連行の一部(日本上陸後)を実行し,各事業場で強制労働を実施した。それぞれ関与部分は異なるが,被告らには,不法行為に該当する事実が認められる。
(2)国家無答責(被告国及び被告長崎県について)
国家賠償法附則6項は,同法の遡及適用を否定しており,同法施行前において,国等の損害賠償責任を認める一般的規定はなく,公法と私法のニ元論の立場から権力的行為に起因する損害について民法715条の適用を否定する考え方が一般的であった。しかし,国家無答責の法理に実体法上の明確な根拠はなく,その趣旨の外延の存否・範囲も定かではない。民法制定の際の法典調査会での質疑応答に見られるように,特別法の制定がない場合には,事案により民法715条の適用の有無を解釈する余地がある。本件は,強制連行・強制労働という人倫に反する違法性の強い事案であり,その当時,民法715条の解釈上その適用の余地があったとも考えられる。
(3) 除斥期間
本件不法行為に基づく損害賠償請求権は,除斥期間の規定(民法724条後段)により,遅くとも原告等が中国での住居地等に帰還したと考えられる昭和20年(1945年)12月末ころから20年で消滅する。これに対し,原告らは除斥期間の適用制限等を主張している。本件強制連行・強制労働は,それ自体権利行使の困難性を内包し,原告等は,中国の法制度により,1986年ころまで基本的に来日できなかった上,言語・法制度の相違及ぴ経済的な問題や証拠上の問題などの様々な支障があったと認められるが。本件強制連行等が原告等が自ら体験した事実であること,原告等が権利行使のため来日できなかったこと自体に被告らの帰責性は認められないことなどに照らすと,本件で,民法724条後段の効果が生じないものと解すべき特段の事情があるとまではいえない。したがって,原告らの不法行為に基づく損害賠償等請求権は,除斥期間の経過により消滅したといわざるを得ない。
3 債務不敏行に基づく損害賠償・謝罪請求権の成否
(1) 安全配慮義務の発生の有無
安全配慮義務は,ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において,当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般に認められるべきものである。
国,長崎県及び三菱重工業については,強制連行という行為が契約との類似性をおよそ見いだし難いこと,強制労働について,原告等の労務に直接支配を有していないことから,原告等に対し安全配慮義務を負う関係にはなかった。
他方,原告等と三菱鉱業の間には,労務の提供・受領の関係,事実上の使用関係,支配従属関係,指揮監督関係があり,三菱鉱業は,生命・健康に危険を及ぼす可能性が高い労務に直接支配を有していた。このような社会的接触が,原告等の行動ないし生活を全面的に支配していると評される状態で1年以上もの間継続しており,一般の社会的接触の関係を超えている。原告等と三菱鉱業との関係は,雇用契約上の当事者間の関係とほぽ同一で,雇用契約関係に準じる接触である。したがって,三菱鉱業は,原告等に対し,信義則上,安全配慮義務を負担していた。
(2)安全配慮義務違反(被告マテリアルについて)
三菱鉱業は。各事業場において,厳しい労働環境,遍搬な処遇状況で,原告等を労働に従事させた。坑内における危険性の高さないし事故の発生,負傷等の多さ,暴力等をも周いた監督,住居面,食事面,衛生面の不十分さ等があり。
三菱鉱集は安全配慮義務に違反したと認められる。
(3)消滅時効
本件安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権の消滅時効は,中華人民共和国公民出境入境管理法(公民出国入国管理法)が施行された1986年(昭和61年)2月1日が起算点となると解するのが相当であるが,それから10年で原告等の請求権は時効消滅する(民法167条)。これに対し,原告らは,被告マテリアルの消滅時効の援用が,信義則違反ないし権利濫用であると主張している。原告側の権利行使には前記同様の支障があったと認められるが,被告マテリアルの行為による原告側の権利行使への影響は限定的なものと考えざるを得ず,その消滅時効の援用は社会的に許容された限界を逸脱するものとまではいえない。したがって,原告らの被告マテリアルに対する安全配慮義務違反に基づく損害賠償等請求権は,時効消滅したといわざるを得ない。
4 強制労働二関スル条約に基づく損害賠償・謝罪請求権の成否
国際法は,沿革的に国家間の関係を規律する法であり,個人が他国から被害を受けた場合,一般には,国際法に基づいて直ちに被害の回復を図ることができるわけではなく,当該個人が属する国の外交保護権の行使によって処理されると考えられる。そして,強制労働二関スル条約は。何らの立法措置も要せず,そのまま国内で執行することのできる条約であるとは解されない。したがって,同条約を根拠として,直ちに個人の損害賠償・謝罪請求権を認めることはできない。
5 よって,原告らの請求は理由がない。
(以上)
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